議案書メンドクサイ人、手をあげてください!
っと、声をかければ、全国35000人のメンバーが手をあげるでしょう・・・ それだけ、議案書は僕らを悩ませます。
しかし、JCとは組織です。やりたいことをやる!ならば、自分の時間と金で好きにやればいいだけ、日本JCや、LOMの中で、議案書をつくる理由は、他人の金で、人を動かすための最低限のプロセスです。
10人ぐらいの仲間であれば、飯でも食いながら役割分担をきめて、イベントにのぞめます。しかし、日本JCでは、1000人の出向者と、地域で活動をする4万人の仲間がいるのです。顔をあわしたこともない北海道から、沖縄までの同志に、お願いをしていく以上、最低限の資料と説明責任が生まれます。だから、議案書はめんどくさいのです。
しかし、その議案というメンドクサイの先には、紙一枚で、仲間をひいては、日本を動かす可能性が秘められています
日本をかえるために! 家訓づくりプログラムも、議案書をかき審議可決を頂戴しています。ただし、その過程は・・・
前回、好評をいただいた家訓創世記につづき、今回は、議案編と称し、家訓ニストが地獄をみた2ヶ月の葛藤をブログで紹介していきます。・・・っていうか、議案編でなく、地獄篇でいいかもね(-_-;)
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2010年10月 日本JCに出向後、初顔合わせか1ヶ月もたたない中、同月末には、一回目の協議上程のための投げ込みのタイムリミットが迫っていました。締切1週間前のこの時、プログラムも資料も、議案書もすべてが白紙の状態・・・ つまりピンチです(>_<)
実際、ここから2ヶ月の間、不眠不休の地獄旅がはじまります。
徳溢れる心を醸成するためには、【ツール】が必要である!というのが幡谷の直感でした。
理由は、【徳】の概念が難しすぎる・・・ そんな概念を説明をして納得いただくよりも、ツールを通じ、学ぶことで、結果として徳を身に着けることを想定しました。
この時、会議体で選んだツールが、【家訓づくり】だったのです。
しかし、どこから手をつけていいか分からぬ我々は、とりあえずインターネットで、【家訓づくり】と打ち込んでみました。
当時、一番上に紹介されたのが、株式会社 寺子屋の代表、山口秀範さんです。とにかく、先生にあってみよう・・・っと、議長は、すぐに福岡にいかれました。すごい(>_<) 幡谷も、1週間ほど遅れて、先生が東京にいらっしゃる機会にアポイントをとり改めて、家訓づくりの相談をさせていただきました。
山口先生は、家訓のセミナー中にも登場いただく家訓づくりの大家です。
また、家訓に限らず子ども達の教育環境を整えるために、寺子屋の立ち上げや、各種講演、偉人伝の展開などを手掛ける国士でもあります。
先生の推奨する家訓づくりは、偉人の家訓を月に1回、2時間ほどのタームで、勉強していき1年間をかけ家訓づくりをしていくものです。
穂坂議長から、一通りの説明をし、徳溢れる心を導き出すために、家訓づくりを利用する案に賛同いただくことができました^^ また協力について強い約束をくれたのです!
話し合いの最後、先生はニコニコしならが、こうおっしゃいました
先生:「で、プログラムの時間はどのくらい? JCなんだからめちゃくちゃなんだろう? そうだな~ 最悪でも2泊3日は確保してくれよな!」
幡谷:「(>_<)」
議長:「・・・」
家訓の神を前に、まさか90分でのプログラムを製作中とは言えません。不安になった幡谷が、議長にアイコンタクトをすると、全力で、「言うな!」と合図をおくっています。こうして、期待と、新たな不安を胸に先生のレクチャーはおわったのです。
整理します。
山口先生が二泊三日かかるという内容を、90分にし、プログラムを組み立てながら、なおかつ議案書に書いていくことを1週間でやろうっというのです。
先生との出会いで、自分たちの方向性は間違っていないことを確信しながらも、振出に戻った幡谷は、何からしていいかわからないので、とりあえずプログラム化のために、パソコンになかったパワーポイントをケーズデンキで買いました。
パソコンと、先生からの励まし、そしてちょっとの希望を胸にいよいよ協議上程が始まります。しかし、本当の恐怖はここからだったのです。
次回、新世紀KAKUNゲリオン ~使徒襲来~ です。お楽しみに^^;
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