暴走×妄想? 家訓ニストによる出雲神話の物語

画像:国譲りの地「稲佐浜」
画像:国譲りの地「稲佐浜」

子どもの頃、白地図をひろげ、色を塗りぬりする時、胸がわくわくした記憶はありませんか?

イメージをふくらまし、真っ白のキャンバスに色をぬるとき、人はすでに冒険に出ているのかもしれません。

 

同じように、家訓ニストは、教科書に載っていない歴史の空白を妄想で埋めることが大好きです。

妄想のコツは、白地図には枠があるように、少しのプロット(真実)を準備しておくことです。

この時に、便利なのが、神話の世界。フィクションと思われがちな神話の世界を妄想と暴走で推測することで、自分だけの歴史が出来上がります。

 

神話の世界に妄想というスパイスをかけ、家訓ニストの考える日本の誕生の物語を紹介させていただきます。

 

「暴走×妄想」を前に、日本人なら知っておきたい神話のおさらいです^^

 

■主な登場人物

アマテラス・・・伊勢神宮  皇室の祖先神(神武天皇の祖母)

スサノオ ・・・八坂神社他 アマテラスの弟神、荒くれ者で有名。ヤマタノオロチの逸話が有名。

大国主  ・・・出雲大社  スサノオ6代の子孫の神。国譲りの当事者

タケミカヅチ・・鹿島神宮  国譲りを迫った武神。アマテラスから派遣される

ニニギ  ・・・霧島神宮  高天原より日向に天孫降臨。道案内は、猿田彦

神武天皇 ・・・橿原神宮  初代天皇、紀元前660年即位。ニニギのひ孫。

 

■ざっくり神話(古事記)

①イザナギ、イザナミの夫婦神が、日本列島をつくる

②イザナギの禊(顔をあらう)から、左目からアマテラス、鼻からスサノオが誕生する

③暴れん坊のスサノオに手を焼いたアマテラスが、天岩戸にひきこもり?なんだかんだで、出てくる

④スサノオが、神の世界を追い出され、高天原(タカマガハラ)から追放、出雲に天下る

⑤スサノオは、ちょっと改心して庶民のために大活躍。ヤマタノオロチを退治する

⑥時代がくだり、スサノオの子孫である大国主が、出雲を中心に日本を支配

⑦アマテラスが使者(タケミカヅ)をおくって、「国ゆずり」をせまる
⑧ちょっと抵抗する
⑨大国主は、神殿をたてること(出雲大社)、黄泉の国(目に見えない世界)の王となる条件で国譲りを承諾
⑩国譲りのち、アマテラスの孫、ニニギが天孫降臨。ひ孫の神武が東征をおこない初代天皇として即位(←いまここ)

 

う~んザックリ^^

 

今回のブログは、上記の①~⑩の神話を史実に置き換え進めていきます。

まず、「国ゆずり」について。天皇家の由緒を記した古事記の記述のうち、全体の3割が、敵側?の出雲神話の記述です。そして、アマテラス、スサノオと2つの神様をわけて考えると、日本全国に10万社あるといわれる神社の内、7割の神社がスサノオ系といわれています。一番偉いはずのアマテラスですが、神様の世界では、伊勢神宮以外では影が薄いように見えるのは何故なのでしょう?

 

これは、神代として語られている「国ゆずり」が、実際に行われたという事実を反映していると家訓ニストは考えます。スサノオ、大国主が、古代日本を統一し、その後、政権をとったのが、アマテラスから始まるヤマト政権。つまり今につながる天皇家の始まりと推測します。政権は移行しても素朴な信仰心は、旧来のままであり、その伝統が2000年に渡って受け継がれています。

 

神話では、「国ゆずり」は、平和裏に政権が委譲されていますが、ヤマト側から見て、何らかしらの後ろめたさがあったとも考えられます。大国主をまつる出雲大社は、神代には、90m。平安時代、伝承と発掘で確認された高さが48mっと、とてつもない高さと費用をかけ守られていました。その背景には、大事にしないと祟られる・・・そんな恐怖の構造があったのかもしれません。

 

前提を前提にして、家訓ニストの推測する歴史は以下のとおりです<(`^´)>

  

①独立国家「出雲国」の創建はスサノオ。支配地域は、出雲を中心に、新潟(越)から、近畿地方まで広く統治していた。8つの頭をもつヤマタノオロチの征伐の物語は、川の氾濫を抑えたもの。助け出した稲田姫との成婚の物語は、支配地域が増えた象徴。

 

②時代が下り、大国主の時代、時代は、西暦1~2世紀(根拠は、荒神谷遺跡で発掘された銅剣や、銅鐸の文化が隆盛期から推測しました) ヤマト政権と戦が起こり、タケミカヅチが活躍し出雲が敗北。一部の勢力は諏訪に逃げるも降伏、のちの諏訪大社となる(国ゆずりの伝承へ変換)

 

③神武天皇が東征を成功させ、初代天皇として即位。道先案内は、八咫烏(熊野大社)←サッカー日本代表の鳥です^^

 

④西暦248年 魏志倭人伝に描かれる卑弥呼が死去し、倭国大乱の時代。

 中国からの使者に、卑弥呼(ヒミコ)=「日の巫女」と返答したものが、当て字で卑弥呼と変換される。卑弥呼とは、第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命。そしてそのお墓は、箸墓古墳。邪馬台国は、奈良橿原。邪馬台国(ヤマタイコク)=大和(ヤマト)の国と読ませても矛盾はない

 

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上記の歴史観の中では、②に課題があります。記紀による神武天皇の即位は、紀元前660年。しかし、橿原の地の発掘物が登場してくるのが、2~3世紀。ここでは、神武天皇の即位を定説よりも遅らせて解釈します。

 

神話をよむ限り、「国ゆずり」をしたはずなのに、その後も戦はつづきます。もっというと神の子孫である神武天皇が、なかなか制覇をさせてもらえない物語なのです。本来神格化をめざすなら、奇跡につぐ奇跡をおこし、あっという間に国を統一するはずですが、日本の神様は、控えめです。西洋の価値観でいうと神様は偉い! なので、いうことを聞け!となるはずですが、神武天皇の東征は、九州を出発し奈良橿原の地で即位するまで16年もの年月をかけています。 

 

神武による九州からの東征があり、大和政権が誕生したと考えるべきなのか、あるいは、①の前に、大和政権は支配域をひろげ、大和VS出雲の大きな争いがあったものか?とも感じています。まだまだ妄想の余地がありそうですね(^_^;)

 

古代においては、出雲国は大和政権をしのぐ勢力であり、これは、全国にある出雲系の神社の多さ、そして出雲由来の地名の多さなどで、証明できます。また、出雲と関連の深いと言われる銅鐸に代表される出雲系の出土物がピタリなくなるのに符合して、全国に前方後円墳が登場します。それが、西暦2~3世紀です。

 

その前方後円墳の元祖といわれるのが、前述の箸墓古墳であり、さらに魏志倭人伝に書かれた卑弥呼の墓のサイズ(約150m)とピタリと一致しているそうです。

出雲王国の衰退と、卑弥呼?とも考えられる箸墓を中心にした纏向での大和政権の伸長は、国譲りが行われ、政治の中心が出雲から奈良橿原に移動したものと断言できます。

 

さいごに、世界一古い王族とも言われる天皇家で、「天皇」になる条件があることを皆様ご存知でしょうか?

 

1つは神武以来の父系の血筋をもつもの。これは、父系であれば女性天皇も認めてきた証しです。もう1つは、3種の神器をもつものが、「天皇」となるのです。

この時の3種の神器とは、「鏡」「剣」「勾玉」。いずれも天孫降臨の際、アマテラスから授けられた神宝で、日本を支配する根拠ともなっている由緒をもつものです。この神宝は、天皇であっても見ることは許されず、長い歴史の中で幾度かの危機はあったものの、いまも宮中の奥深くに鎮座されています。

 

鏡とは、アマテラスが天岩戸に隠れた際、活躍した鏡をさし、剣とは、スサノオが退治したヤマトノオロチの尻尾から出てきたもの。そして、勾玉(まがたま)については、伝承がないものの、出雲地方で多く作っていたものであることから、いずれも、神代までさかのぼる、戦勝品。あるいは、国譲りの際の証拠の品とも推測できます。

 

古事記で伝えられる神話の世界。

しかし、全国に残る神社や、なにより天皇家の存在は現代に息吹をのこしています。そして、3種の神器はいまなお、神話の世界のまま、神秘のベールを現代に受け継いでいるのです。

 

古代日本には文字がなく、伝承は口伝されてきたものを古事記編纂の折、書きしるしたものです。

また、火山性の土地柄、土の中の遺物は腐り、また木の構造物は100年で朽ちてなくなってしまいます。

印象でいうと、古代の日本は後進地と言われていますが、今と同じく豊穣の国であったと考えます。

外交上も、朝鮮の一部を所有していたとの記述や、ピラミッドをしのぐ世界一の墓域面積を誇る大仙陵古墳(旧・16代天皇/仁徳天皇陵)の造営を可能にした国力をみれば、大きな勢力であったことは間違いありません。

 

 

現代の教科書では、縄文土器、弥生式土器の説明のあと、卑弥呼が唐突に登場し、いきなり推古天皇、聖徳太子が登場するそうです。そもそも、天皇の位であるとか、背景や歴史を一切教えない教育が続いています。

神話から続く日本という国の尊さを伝えることが、なぜできないのでしょうか?そして自分の住む国の成り立ちを誇りに持てずして、はたしてそれは、日本人といえるのでしょうか?

 

神話をフィクションというなかれ、あなたの住む街に神社はありませんか? そこは古代からつづく祈りの場所であり、神話の世界を生きた神様を尊ぶ場所です。 

イギリスの歴史学者 アーノルド・J・トレンビーは、「13歳までに神話を教えない民族は滅びる」との言葉をのこしています。

 

家訓づくりは、「家」に伝えられてきた歴史を語ることからはじまります。

そして、ひとづくり、国づくりは、伝えられてきた「神話」を学ぶことから始まるのではないでしょうか?

 

今回、安来JCさまの家訓プログラムのオーダーに際し、出雲を旅してきて、神域のもつ磁場の力を感じることができました。

この感動、そしてビリビリ感を次の世代に遺し、伝えることも、家訓二ストのミッションです(^_-)

皆様も、お近くの神社の由緒を調べたり、あるいは、ご家族で、神話の読み継ぎをされることをお奨めします