東日本大震災から3年。
議論しなくてはならない問題を棚にあげ、しょうもない論争が始まってしまいました。
「美味しんぼ」の作者による放射能による過剰表現の問題です。
福島原発から100km、茨城にすむ家訓二ストは、食品を扱う会社にいるため、この放射性物質の問題に3年間も振り回されています。食の安全を守ることは当然の事として、過剰な反応のために、どれだけのロスやコストを払ってきたことか・・・
一番ひどい例だと、震災後10日ぐらいたった頃の記憶として、食品を届けてほしいと東京にあるメーカーに電話をすると、「茨城には、放射能のためドライバーの安全が確保できないため、配達できません!」と言われてしまいました・・・
っていうか、その茨城から電話をかけているだ!っと怒鳴りましたが、結論はでず、結局利根川を渡らないとの条件で、成田まで商品を届けてもらい、弊社で受取にいった記憶があります。
被災後10日というと、ガソリンはなく、コンビニもスーパーも開いていない状況。高速もつかえませんでした。
社員の中には水道もつかえない状況のなか出社していた者もいます。
そんな中を、「茨城は、危ないから、成田までとりにこい!」と茨城に住む我々に命じる「ひと」って、どう思いますか?
メーカー側にも、権利はあります。そして従業員さんを守らなくてはならない・・・それも正義です。
正義とは立場によって変わるもの。しかし、鼻血もでないこの話に「正義はない!」と断言します。
表現の自由は、民主主義社会において守らなくてはいけない「権利」です。
そして、表現の自由と一緒に、発せられた「表現」を受け取るか、受け取らないかは、読者の自由です。
そのうえで、「権利」という字を英語でいうと「RIGHT」。正しいという意味になります。表現の自由はあるものの、そこに「正義」がない表現は、他人を傷つけてしまうものなのです。
ということで、そこに「正義」があるのか!?
美味しんぼの過剰な表現についてのバカ騒動を考してみたいとおもいます。
(※ただし、一番悪いのは、読者でも作者でも、騒ぐマスコミでもなく、原発を爆発させた東電さんです(--〆)
この騒動の発端となった表現については以下に要約します
①福島に取材にいった主人公が鼻血が止まらなくなる
②登場人物が次々に鼻血のエピソードを披露する
③劇中の描写で、医者が「医学的には、関係ない!」と太鼓判をおし、ちょっと科学的な言い訳をいれる
④そして前双葉町長の井戸川克隆氏が登場し、「私も鼻血が出ます。今度の立候補を取りやめたのは疲労感が耐え難いまでになったからです」「福島では同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけです」と締めくくる・・・
おまけ
⑤がれきの処分をしている大阪でも被害を訴える人がいて、お母さん調べで、焼却場付近にすむ1,000人の住人のうち800人がなんらかしらの健康被害を訴えている
今回の騒動に限らず、表現の自由?というか、美味しんぼの作者は、自分の責任を回避しながら、ちゃっかり自分の信じるトンデモ科学を伝播させるテクニックを身に着けています。
以前より、美味しんぼさんには、弊社も取り扱う「味の素」(物質名:グルタミン酸ナトリウム)について、トンデモ科学にもとずく悪質な表現で苦しめれています。
味の素に親でも殺されたのか?というほどの徹底した中傷を30年近く続けています。では、漫画の中でどんな表現をしてきたのか?検証してみましょう
①山岡さんが、中華料理にはいった味の素の存在を指摘
②栗田さんが、「味の素をつかった料理をたべて舌がしびれるという話を聞いたことがある」と証言
③山岡が、「チャイナシンドロームといって、ヨーロッパの人を中心に味の素を食べた後。いろんな症状がでるんだ」
④一同が納得し、味の素が「毒」扱いになる(*_*)
伝聞にもとずく情報。つまり「聞いたことがある」レベルのお話を作中に織り交ぜることによって、寓話が現実になる恐ろしい事例です。
ちなみに、味の素は、化学調味料とおどろおどろしい名前がつけられていますが、世界中で一番安全な調味料です
どのくらい安全か? それは塩よりも、醤油より、ソースより、ドレッシングよりも安全です。
これは急性毒性実験という方法で確かめることができます。ただし味の素も、とりすぎにはご用心・・・何でも食べ過ぎは毒になる(*_*)ということです。
ただし、味の素は危険である!という指摘に関しては真摯に説明をし、あるいはデータを用いて快諾いただく努力は必要です。味の素が悪いというデータも科学、また安だというのも、また科学。結局、受け取る側の見識に判断をゆだねるしかないようです。
味の素1つにして、安全か、安全じゃないか?
議論や、またトンデモ科学の範疇での議論は続くとおもいます。
おなじように、放射性物質の有無による健康被害もまた、議論はつきないと家訓二ストは考えます。
漫画の中とはいえ、今回の騒動は行き過ぎの「表現」でした
また最もらしいデータの提示についても「お母さん調べ」って誰?という話です。
事実、大阪での焼却場での震災がれきは、福島でなく岩手のものです。そして、焼却場は、海につきでた埋立地にあり近隣には人が住んでいないそうです。っていうか、これは悪質な「嘘」。そこに「正義」はありません。
所詮、その程度のデータを持ち出し?あるいは偽装する作者の程度が知れますが、データって、出されただけで信ぴょう性が増すんですよね(*_*)
家訓二ストの願いは、必要以上に放射性物質の怖さを流布してほしくないこと。そのうえでとるべき対策を着実に進捗していくこと。そして被害の有無にかかわらず、子育てをするお母さんの不安をとりのぞくこと。
地雷原の定義という話を聞いたことがありますか?地雷原は、地雷による直接的な攻撃が目的でなく、地雷原の恐怖により敵の行動を縛ることが目的です。
そして、ヨーロッパのある村で、地雷原がひかれ、村では戦争終結後に3年にわたり、村の中、村の周囲をくまなく調査し、地雷を探したそうです。その結果、みつかったものは、「地雷をうめた」という情報だけでした・・・
つまり、地雷は埋めなくても、その恐怖だけで人々の安全な生活を奪う恐ろしい兵器なのです。
これは、放射能のお話とよく似ています
放射能の被害がなくても、その恐怖だけで、安全で平和な生活を奪うことができる・・・それが、デマの悪質さです。思いかえしてください。美味しんぼの作者がしたことを・・・表現の自由の枠をこえ、そこに「正義」があるでしょうか?地雷原にたとえると、地雷を埋めたのは、誰なのでしょうか?それによって何の罪もない福島にすむお父さん、お母さんが不安に感じたら、その責任はだれにあるのでしょうか???
美味しんぼの作者の表現はいきすぎです。
ただし、一番悪いのは東電です。
そして、いきすぎた表現を信じるも、信じないのもあなたの自由です。
ただし、美味しんぼでこういったから・・・とか、テレビでああいったからとか、伝聞による、薄い理解や拡散がこの問題を複雑なものにしていくと家訓二ストは考えます。
そう考えると、退屈しのぎでみる朝のテレビがどれだけ世の中をややこしくしているか・・・
メディアリテラシーなんて、もんじゃなく、朝、そろって飯をくう
そして、今日の話をみんなでする。
専門家でもなく、コメンテーターでもないあなた自身を囲む人の話だけを信じてください
ちなみに、家訓二ストの家族が集まると、話題の9割は、ガボ(愛犬)の失敗談で終始します(^_^;)
正義は、立場によって変わるもの。でも、平和って、そんなもんじゃないでしょうか?
家訓づくりプログラムは、そこらある、ありきたりの日常を全力でサポートするプログラムです。
正義は、立場によって変わるもの、しかしあなたは一人。それは、永遠に変わることのない事実です。
「美味しんぼ」なんかに、騙されない、ゆるぎないあなたの立場をつくるもの。家訓づくりプログラムでお会いしましょう^^
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