司馬遼太郎さんの著作から、2つの「まだ早いっ!」っと唸る、そんな逸話を紹介させていただきます。
1つ目は、長州毛利藩の秘密の儀式。
新年が始まるとご家老が、お殿様に訪ねます。
家老:「殿、今年はいかがなさいましょう?」
殿 :「まだ早い」
関ケ原の合戦から、幕末までの200年間、この儀式は続き、毛利家の雪辱を忘れないよう、そして倒幕のチャンスをひたすら待っていたという逸話です。実際、長州藩は、倒幕を成し遂げました。 すごい(*_*)
そしてもう1つの「まだ早い!」。
会津JCさんが、萩JCさんからの友好LOM締結の打診を断り、地元から喝采をうけたとの記述がありました。
曰く「まだ早い!」
明治維新から、 150年をへてなお、戊辰戦争の宿敵を許さない会津気質に脱帽です。
歴史は教科書の中でなく息吹として人々のなかに眠るもの、家訓ニストは、これが文化だとおもいます。
さて、2つの「まだ早い」の逸話の長州と会津は、戊辰戦争の宿敵です。
平成25年、司馬さんの著作以降、進展があったのか、日本JCの全体会議の機会を活かし、会津JCのメンバーさんに伺ってみました。
司馬遼太郎さんの取材から、30年がたち、友好LOMの進展があったのか?その後経過は、再び萩JCから、友好LOMの打診があったものの・・・
曰く「まだ早い!」
っと一蹴したそうです。
会津JCは、圧倒的に偉い!
家訓ニストが暮らす水戸も、薩長にしてやられ、尊皇の地だったはずが朝敵の汚名をうけた屈辱の歴史をもっています。
他の地域の皆様にとってはどうでもいいことかもしれませんが、誇るべき地域の文化は、建物や絵だけでなく、歴史に裏付けられた「ひと」だと確信しています。
100年、1000年たっても、「まだ早い!」といえる文化を釀成するもの、それが家訓です。
会津藩には、ならぬものはならぬで有名な、「什の掟」に加え、初代・保科正之から伝わる家訓、そして宿敵・長州にも、毛利家の家訓が残っています。
あなたが伝えたいものはなんですか?
絶対と思っている価値観さえ、時代の中では、たゆたうもの。絶対に、守らなければならないものをあなたは、自分の言葉で語れるでしょうか?
家訓づくりに、「まだ早いっ!」はありません。あなたの価値観が、ひとをつくり、まちをつくり、歴史をつくります。家訓づくりプログラムは、そんなあなたを待ってます。
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